東京地方裁判所 平成9年(ワ)16990号 判決 1999年1月27日
原告
大東京火災海上保険株式会社
被告
株式会社トヨサービス
主文
一 被告は、原告に対し、金一五六〇万五六二四円及び内金一四一八万五六二四円に対する平成九年四月一日から、内金一四二万円に対する平成九年九月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その四を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一九五〇万二〇三一円及び内金一七七三万二〇三一円に対する平成九年四月一日から、内金一七七万円に対する平成九年九月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故の被害者に対して損害の賠償をした共同不法行為者の保険会社が、保険代位により取得した他の共同不法行為者に対する求償権を行使した事案である。
一 争いのない事実
1 交通事故(以下、「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 平成五年七月一〇日午後一〇時五分ころ
(二) 場所 神奈川県鎌倉市大船一二八一番地先交差点(以下、「本件交差点」という。)
(三) 事故車一 池田久和運転の普通乗用自動車(横浜七〇む五五九八)
(四) 事故車二 寺西正貴運転の自動二輪車(逗子市あ八八〇)
(五) 態様 被告の従業員小泉定雄及び同武井定男が本件交差点付近で交通整理中、池田が、小泉の合図により本件交差点手前で停止した後、同人の合図により本件交差点方向に進行していった際、武井の動作を見て進入可の合図がされているものと思い、対面信号が赤色を表示していたのにもかかわらず、本件交差点に事故車一を進入させたところ、交差道路から進行してきた寺西運転の事故車二と衝突し、寺西が脳挫傷等の傷害を負った。
2 池田の責任原因
池田は、対面信号の表示に従わなかった等の過失により本件事故を生じさせたものであり、民法七〇九条に基づく損害賠償責任がある。
3 寺西の損害
本件事故により寺西に、次のとおり合計三五四六万四〇六二円の損害が生じた。
(一) 治療関係費 一九二三万八九一八円
(二) 看護料 三七万七四〇〇円
(三) 入院雑費 一七万四四〇〇円
(四) 装具代 三万四八一四円
(五) 眼鏡代 二万三二一〇円
(六) 傷害慰謝料 二〇九万九七九二円
(七) 後遺障害逸失利益 一一六七万五五二八円
(八) 後遺障害慰謝料(併合一一級) 一八四万円
4 保険契約及び保険金の支払
(一) 原告は、平成四年一二月一一日、池田との間で次のとおりPAP約款に基づき自動車保険契約を締結した。
(1) 保険期間 平成四年一二月一一日から平成五年一二月一一日まで
(2) 被保険自動車 事故車一
(3) 被保険者 池田
(4) 対人賠償保険金額 無制限
(二) 原告は、右保険契約に基づき、前記寺西に対し、金三五四六万四〇六二円の賠償金を支払った(最終支払日は平成九年三月三一日)。
二 争点(過失及び過失割合)
1 原告の主張
本件事故は、被告の従業員小泉及び武井が、被告の業務である本件交差点付近の規制・誘導等の交通整理に従事中、武井が赤色灯を腰付近でくるくる回して池田に本件交差点への進入が許されると誤信させた上、交差点に進入するのを阻止せず、事故を防止する措置を講じなかった過失により発生したものであり、被告には、民法七一五条に基く損害賠償責任がある。
本件事故は、池田及び被告の共同不法行為によって発生したものであるところ、その過失割合は、五対五であるから、被告は、前記寺西の損害の半額を負担すべきである。
2 被告の認否
原告の主張事実は否認する。
本件事故は、池田が、武井が小泉にした合図を、自分への進めの合図と誤信したことによって生じたものであるが、武井の合図は、それまで小泉が池田にしていた進めの合図とは一見して異なったものであった。したがって、池田が誤信したのは極めて軽卒であり、武井らには過失はない。
第三争点に対する判断
一 事故態様
証拠(甲一ないし四、乙二、証人池田久和、同武井定男)によれば、次の事実が認められる。
1 本件交差点は、鎌倉女子大方面(北東)から小袋谷(南西)方面に向かう車道幅員約六・七メートルの歩車道の区別のある片側一車線の道路(以下、池田進行道路」という。)と、今泉(南東)方面から本件交差点までは車道幅員約四・五メートルの歩車道の区別のない、中央線の引かれていない道路(以下、「寺西進行道路」という。)及びその延長方向である本件交差点から大船駅方面(北西)方面に向かう車道幅員約七・〇メートルの歩車道の区別のある片側一車線の道路とが交わる場所であり、信号機によって交通整理が行われていた。
2 本件事故当日、池田進行道路の西側車線(本件交差点から池田進行方向と逆に向かう車線)側が道路工事中であったため、被告の警備員三名(武井、小泉、飯田)が、工事帯の前後又は中央付近に位置して、池田進行道路を通行する車両について右工事中の車線の反対側車線を交互通行させるという交通整理を行っていたが、本件事故当時は、飯田がトイレに行ったため、武井が本件交差点付近に、小泉が工事帯の北東側にそれぞれ位置して交通整理をしていた。
3 池田が事故車一を運転して鎌倉女子大方面から本件交差点に向けて進行中、前記工事帯の手前付近で、事故車一の左前方にいた小泉が赤色灯を池田の進路を遮るように水平に伸ばしたので、停止した。その後、小泉が赤色灯を本件交差点方向に振って池田に進行を促したので、池田が若干進行したが、すぐに対向車両が進行してきたため、小泉が再び事故車一の左前方に来て、前同様に赤色灯を水平に伸ばし、池田は停止した。対向車両が通過した後、小泉が前同様に赤色灯を振ったので、池田が発進した。
4 池田が、本件交差点の約四〇メートル手前まで進行し、工事帯の北端付近にさしかかった際、本件交差点の対面信号は既に赤色を表示していたが、本件交差点内の鎌倉女子大方面側、池田進行道路の中央付近にいた武井が、体を鎌倉女子大方面に向け、顔を大船駅方面に向け、右肩を前に出した半身の姿勢で右手に持った赤色灯を腰付近で何回か回転させたため、池田は進行可の合図がされているものと思い、対面信号の赤色表示にもかかわらず、本件交差点に事故車一を進行させたところ、対面信号の青色表示に従って寺西進行道路を進行してきた事故車二と衝突した。
5 武井は、鎌倉女子大方面にいた小泉に対し、車両一台を進行させてよいという趣旨で前記の合図をしたものであるが、事故車一が本件交差点に進入した際には、大船方面から進行してくる車両に注意を向けていたため、全くこれを見ていなかった。また、池田も、本件事故の直前、事故車二に先行して寺西の友人である才藤智成運転の自動二輪車が寺西進行道路から本件交差点を通過していったのに、何ら制動の措置を講ぜず、かつ、左方道路にほとんど注意を払わないまま、本件交差点に進入し、衝突の直前まで事故車二に気がつかなかった。
二 両者の過失及びその割合
池田が誤信した合図の態様について、証人武井定男は、右認定事実に沿う捜査段階の供述は、警察官に誘導されたものであるなどと供述するが、反面、同人は実際にした合図の態様等については明確な否認をせず、記憶がないなどと曖昧な供述をするのみであり、同人の合図に関する証人尋問における供述は採用できない。
そこで、右一認定の事実に基づき、池田と武井ら被告警備員の過失及びその割合について判断する。
池田には、武井の合図を進行可と誤信して、対面信号の赤色表示に従って停止すべきであるのに、これに従わず、かつ、左方交差道路からの進入車両に全く注意を払わず、本件交差点に進入した過失が認められるが、池田は、武井が自己の方に顔を向けず、かつ、武井がした合図は、それまで小泉が池田にした進行可の合図と態様が異なるのに、自己にした進行可の合図と軽信したものであり、また、事故車二に先行して才藤運転車両が本件交差点を通過していったのに、何ら制動の措置を講じないなど不注意の程度は著しい。
これに対し、警備員のうち、小泉には特段の過失は認められないが、武井には、次のとおり過失が認められる。すなわち、武井には、運転者に進行可と誤信させる合図をした上、その動向に何ら注意を払わなかった過失により、本件事故を生じさせたことが認められ、これは武井が被告の従業員としてその業務遂行中に起こしたものであるから、被告には、民法七一五条に基づく責任が認められる。そして、武井の過失の程度については、武井がした合図は、小泉がその前に池田にしたような典型的な進行可の合図とは異なるものの、そのような合図の方法に不案内な一般人には進行可と誤信させるような態様のものであり、かつ、武井は、小泉に鎌倉女子大方面から車両一台を進行させてよいとして合図をしたのであるから、当該車両が本件交差点手前で停止することを確認する必要があったところ、事故車一の進行に全く注意を払わず、本件事故に至るまで気がつかなかったものであり、その過失の程度は大きい。
以上認定の両者の過失内容を比較すると、両者の過失割合は、池田が六、武井が四と認めるのが相当である。
三 求償金額
以上によれば、池田及び被告は、共同不法行為者として、寺西に対し、損害賠償責任を負うが、両者の負担割合は、池田と武井の過失割合によって決するのが相当である。よって、池田は、自己の過失割合を超えて寺西に損害賠償した額、すなわち、前記争いのない賠償額の四割に当たる金一四一八万五六二四円(円未満切捨て)について、被告に対し、求償することができる。ところで、本件では、原告が自動車保険契約に基づき、寺西に賠償金を支払っているから、商法六六二条に基づき、右池田の求償権を取得したものである。
四 弁護士費用
本件事案の性質、認容額等に照らして、原告が被告に賠償を求めることのできる弁護士費用相当損害の額は、一四二万円と認めるのが相当である。
五 結論
よって、原告の本訴請求は、金一五六〇万五六二四円及び内金一四一八万五六二四円に対する保険金支払日の翌日である平成九年四月一日から、内金一四二万円に対する保険金支払日の翌日以降の日である平成九年九月一九日から各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。
(裁判官 松谷佳樹)